2011年3月21日月曜日

公園の河童

 前回のSEAで出てきた「κ統計値(Cohen's kappa)」について掘り下げてみました。

κ統計値の意義と計算法:
 インフルエンザを多く診てきて、咽頭後壁に出来る上咽頭から縦に襞状にカーテンのように降りてくるリンパ濾胞の腫大が所見として特異性が高い印象を持っていました。文献検索をしてみましたが、そのような文献は見つけることができず、プチリサーチをしてみた結果が、下記tableです。

迅速検査陽性
 迅速検査陰性
 計
咽頭後壁襞状リンパ濾胞あり
3
1
4
咽頭後壁襞状リンパ濾胞なし
2
4
6
5
5
10
 迅速検査をGolden Standardとすると、咽頭後壁襞状リンパ濾胞の検査特性は、感度=3/5=0.6、特異度=4/5=0.8となります。これは、迅速検査がある程度正しい場合に、咽頭所見の妥当性(validity)、確度(accuracy)、つまり的中の度合いを示しています。[1]しかし実際には、迅速検査自体が、そんなにあてになる検査ではないので、せいぜいで検査結果の信頼性(reliability)、精度(precision)、つまりブレない度合いを評価するほうが良いと思われます。
 実際の計算は、判断の一致率をPo,偶然の一致率をPeとすると、以下の式で表される。[2]
κ統計値=(Po-Pe)/(1-Pe)
例のように、カテゴリー数が陽性と陰性というふうに2つの場合、以下のように比較的簡単に筆算でも計算することができます。
Po=実際の一致率=(3+4)/10=0.7
陽性結果が偶然一致する確率=4/10*5/10=0.2
陰性結果が偶然一致する確率=6/10*5/10=0.3
Pe=結果が偶然一致する確率=0.2+0.3=0.5
κ値=(0.7-0.5)/(1-0.5)=0.4
 カテゴリー数が多く計算が面倒な場合には、Rなどの統計ソフトを使うのが便利です。fmsbパッケージを使った例の計算の場合のスクリプトを示します。fmsbパッケージは、上掲書で使われた有用な関数をまとめたものです。
> install.packages("fmsb") #fmsbパッケージをインストールします
--- このセッションで使うために、CRANのミラーサイトを選んでください ---
URL 'http://cran.md.tsukuba.ac.jp/bin/macosx/leopard/contrib/2.12/fmsb_0.2.tgz' を試しています
Content type 'application/x-gzip' length 78762 bytes (76 Kb)
開かれた URL
==================================================
downloaded 76 Kb
ダウンロードされたパッケージは、以下にあります /var/folders/cb/cbprP5nfG7Ciei1Q9q4QaU+++TI/-Tmp-//RtmpyRYuFO/downloaded_packages
> library(fmsb) #fmsbパッケージの読み込み
> Kappa.test(matrix(c(3,1,2,4),2,2,byrow=T)) #
$Result
Estimate Cohen's kappa statistics and test the null hypothesis
that the extent of agreement is same as random (kappa=0)
data: matrix(c(3, 1, 2, 4), 2, 2, byrow = T)
Z = 1.2649, p-value = 0.1030
95 percent confidence interval:
-0.1680515 0.9680515
sample estimates:
[1] 0.4
$Judgement
[1] "Fair agreement"
>
Rを使うと、カテゴリー数が多くなっても計算できること、95%信頼区間まで計算してくれること、Landis and Koch[3]の基準による判定までしてくれるというメリットがあります。

κ統計値の応用:
 κ統計値は前回のSEAでのように身体所見の信頼性を検討する文献などで用いられることが多いのですが、今回は先日完結したドラマERにトリビュートして、ドイツの医師会誌"Deutsche Ärzteblatta"の国際版に発表された救急外来でのトリアージシステムを比較検討した文献[4]を紹介します。以下に見るように、ESIの基準が信頼性が高いようです。その理由は、"ESI Handbook"の図2-1のアルゴリズムを見ると一目瞭然なのですが、「KISSの原則」に則っているということがあるようです。
Manchester Triage Scale (MTS)
  • 成人患者における4つの解析 (n = 50〜167)で、κ = 0.31〜0.62
Australasian Triage Scale (ATS)
  • 成人患者における6つの解析 (n = 20〜3,650)で、κ = 0.25〜0.56
Canadian Triage and Acuity Scale (CTAS)
  • 成人患者における8つの解析 (n = 50〜32,261)で、κ = 0.68〜0.89
  • 小児患者における4つの解析 (n = 54〜1,618)で、κ = 0.51〜0.72
Emergency Severity Index (ESI)
  • 成人患者における12の解析(n = 202〜3,172)で、κ = 0.46〜0.91
  • 16歳未満の小児患者における1つの解析(n = 150)で、κ = 0.82
参考文献
[3] Landis JR, Koch GG. The measurement of observeragreement for categorical data. Biometrics 1977; 33: 159-74.
[4] Dtsch Arztebl Int. 2010 December; 107(50): 892–898. Modern Triage in the Emergency Department

2011年3月11日金曜日

SEA「 Miss Basedowのときめき」

今回は、研修医の先生のSignificant Event Analysisの発表でした。

What happened?
60歳女性が咳を主訴に来院。特異的な徴候もなく、家族が風邪を引いているということから上気道炎と診断し処方。5ヶ月後、Basedow病であることが判明。カルテを見直すと脈拍125bpmの記載があった。

Why did it happen?(Five Whys)
  1. 洞性頻脈を軽視した。
  2. 診断の早期閉鎖をしてしまった。
  3. 甲状腺疾患の有病率を低く見積もっていた。
  4. 甲状腺の診察をしなかった。
  5. 甲状腺の診察を主観的なものと認識していた。
What have you learned?

洞性頻脈について
定義 >100bpm = 平均+2SD
鑑別診断
  • 循環血液量の不足、tilt test陽性:
  • 頻脈以外の随伴症状を伴う疾患:低酸素、発熱、心不全など
  • 内分泌系疾患:甲状腺機能亢進症、褐色細胞腫など
  • その他:恐怖、怒り、不安、薬物など
甲状腺疾患の有病率(医事新報3740:22,1995)
  • Basedow病:男性 0.18%、女性 0.32%
  • 橋本病:男性 2.7%、女性 11.8%
甲状腺機能亢進症の症状
  • 頻脈(>90bpm):感度 80%、特異度 82%、陰性尤度比 0.2
  • 甲状腺腫:感度 93%、特異度 59%、陰性尤度比 0.1
  • 眼瞼後退(Dalrymple徴候):感度 34%、特異度 99%、陽性尤度比 31.5
  • 眼瞼遅延(von Graefe徴候):感度 19%、特異度 99%、陽性尤度比 17.6
甲状腺の診察法
  • 視診:首を進展して、横から見る。
  • 触診:"rule of thumb"、嚥下運動をさせる。
  • 甲状腺の有無のCohenのκ係数は、0.77でLandisとKochの基準ではかなりの一致を示す。
What have you changed?
  • 安静時の頻脈をみたとき重症度によって分類する。
  • 重症でない場合、事前確率の高さから、甲状腺疾患は必ず念頭に置く。
  • 甲状腺は必ず診察。機能亢進疑い、甲状腺腫がなければ可能性は下がる。
  • TSHをスクリーニングするかどうかは諸説あるが、年齢によっては検討。
Clinical Pearl:
手首と首の触診を見縊るな。

References

2011年3月10日木曜日

【番外】ドラマ「ER緊急救命室」完結

 1995年1月17日兵庫県南部地震、3月20日地下鉄サリン事件と続き、日本の安全神話が崩れ去った時代精神(Zeitgeist)のなか、1996年4月1日に「ER緊急救命室」の日本での放映は始まった。それから15年が経ち、本日最終話、第331話を迎えた。そのリアリティから多くの医療関係者の視聴者を獲得した。臨床医学でインパクトファクターがトップの雑誌NEJMでのネタにまでなった[1]ことからもその影響力が窺えよう。個人的には、様々な医学的な事項を学んだり、アメリカの医療制度を知ったりする契機になった。そしてなにより、神ではない医師たちの群像に安堵したものだ。
 このドラマのもとになったのは、ドラマの監修者マイケル・クライトン自身が1960年代後半にMGHのERで研修したときに経験したアメリカ医療の問題点を描いた「五人のカルテ」という小説である。小説と呼ぶには少し変わったスタイルで、症例呈示をしながら、その医学的背景の歴史や制度の解説を加えるという体裁をとっていて、正直、ストーリーとして楽しめるものでもない。しかし、現代のアメリカの医療が抱えている問題を正確に予言しているのは驚異的な洞察力で、ドラマに親しんだあとに読むと、内容の理解に深みが増すのはうけ合いである。

 今日のラストシーンでは、カーター先生が、亡き恩師グリーン先生の娘レイチェルをERに招き入れ、カメラが引いてCounty General Hospitalの全景が、初めて映しだされる。15年間に数多くの生死や恋愛の舞台となってきたERが、実は、大病院の一部門であり、さらには病院の前を電車が横切り、その大病院でさえも社会のごく一部であるというあたりまえの現実を最後に突きつけている。示唆的なシーンである。

参考文献
[1] Cardiopulmonary Resuscitation on Television — Miracles and Misinformation
Susan J. Diem, M.D., M.P.H., John D. Lantos, M.D., and James A. Tulsky, M.D.
N Engl J Med 1996; 334:1578-1582June 13, 1996