2011年2月23日水曜日

アナムネ聴取に役立つ3つでもニーモニック

 前回の「チームSTEPPS」に出てきた"STEP", ”I’M SAFE”, "CUS", "DESC", "S-BAR", "I PASS the BATON"のような英語の頭文字をつなげて記憶の助けにするものをニーモニック(mnemonic)と呼ぶ。正確には、アクセントの位置が2音節目にあるので、「ナニク(生肉)」というほうが原音に近いのだろうが、ここでは慣例的な表記に従う。日本語でいう語呂合わせみたいなもの。洋の東西を問わず、医学の学習は記憶すべきことが膨大で、英語でも"MedicalMnemonics.com"なるサイトがある。ここから、アナムをとるときに役立つニーモニックを3つ紹介したい。

1. SAMPLE:JATECのsecondary surveyにおける病歴の聴取
  • Signs and Symptoms: 症状は?
  • Allergies: 薬や食べ物のアレルギーは?アスピリン喘息は?
  • Medications:  処方薬、OTC薬、置き薬、サプリ、通販薬、合法ドラッグ、麻薬
  • Past History, Pregnancy, Perinatal period: 過去に同様なことは?既往歴は?妊娠、授乳は?
  • Last Oral Intake: 最後に何をいつ口に入れた?
  • Events Leading up to Illness/Injury: どうしてこんなことに?思い当たることは?
2.LET’S HEAR:「説明モデル」
 説明モデルとは、病いに対する解釈の枠組みのことで、医療者と患者では内容は異なっても、その枠組は共通している。そして、患者のそれを知ることは、Narrative-Based Medicineそのものと言える。詳細は、医療人類学の泰斗Arthur Kleinman氏の論文[1]や和訳されている上掲書に詳しい。
  • Label どんな病気?
  • Etiology 病気の原因は?
  • Timing 病気になった時期は?
  • Severity どのくらい重い?
  • History どういう経過でこれからどうなりそう?
  • Effect 心身に与える直接的な影響、症状とか心理的反応。
  • Affect 上記により二次的にQOLに与える影響。家事、仕事に及ぼす影響。
  • Remedy どういう対処をしてこれからどういう治療を希望するか?
3. ASQ LAST:疼痛の症状解析:「まず患者の語りを聴いて、閉じた質問は最後に。」という意味を掛けてある。
  • Aggravating and Alleviating Factors 憎悪・緩和因子
  • Severity 程度
  • Quality 性状
  • Location 部位
  • Associated Symptoms 随伴症状
  • Setting 開始
  • Timing 経過
研修医の先生が別な覚え方を披露をしてくれた。
  • 性か慢性か
  • きけをはじめとする随伴症状
  • ジエーション、放散を含めた部位
  • んし、症状を増悪あるいは改善させるもの。
  • イムコース
 特に痛みの性状に関しては、方言や言語により違いがあることに配慮が必要である。津軽弁に関しては、青森民医連で津軽弁講座が開かれていたりデータベースが作られたりという取り組みがある。英語の場合、McGill Pain Questionnaire[2]というものがある。下記のリストで自分の痛みを表す語を各群で1つのみ選択し、丸で囲む。1~11群で選んだものを3語、11~15群で選んだものを2語、16群で選んだものを1語、17~20群で選んだものを1語に絞り、定量化するという方法である。
1群 (temporal): Flickering(1), Pulsing(2), Quivering(3), Throbbing(4), Beating(5), Pounding(6)
2群(spatial): Jumping(1), Flashing(2), Shooting(3)
3群(punctate pressure): Pricking(1), Boring(2), Drilling(3), Stabbing(4)
4群(incisive pressure): Sharp(1), Cutting(2), Lacerating(3)
5群(constrictive pressure): Pinching(1), Pressing(2), Gnawing(3), Cramping(4), Crushing(5)
6群(traction pressure): Tugging(1), Pulling(2), Wrenching(3)
7群(thermal): Hot(1), Burning(2), Scalding(3), Searing(4)
8群(brightness): Tingling(1), Itchy(2), Smarting(3), Stinging(4)
9群(dullness): Dull(1), Sore(2), Hurting(3), Aching(4), Heavy(5)
10群(sensory miscellaneous): Tender(1), Taut(2), Rasping(3), Splitting(4)
11群(tension): Tiring(1), Exhausting(2)
12群(autonomic): Sickening(1), Suffocating(2)
13群(fear): Fearful(1), Frightful(2), Terrifying(3)
14群(pinishment): Punishing(1), Grueling(2), Cruel(3), Vicious(4), Killing(5)
15群(affective-evaluative-sensory: miscellaneous): Wretched(1), Binding(2)
16群(evaluative): Annoying(1), Troublesome(2), Miserable(3), Intense(4), Unbearable(5)
17群(sensory: miscellaneous): Spreading(1), Radiating(2), Penetrating(3), Piercing(4)
18群(sensory: miscellaneous): Tight(1), Numb(2), Squeezing(3), Drawing(4), Tearing(5)
19群(sensory): Cool(1), Cold(2), Freezing(3)
20群(affective-evaluative: miscellaneous): Nagging(1), Nauseating(2), Agonizing(3), Dreadful(4), Torturing(5)
【参考文献】
[1] Arthur Kleinman. Culture, Illness, and Care: Clinical Lessons from Anthropologic and Cross-Cultural Research Ann Intern Med February 1, 1978 88:251-258.
[2] Melzack R. The McGill Pain Questionnaire: major properties and scoring methods. Pain. 1975 Sep;1(3):277-99.

2011年2月9日水曜日

チームSTEPPS

 チームSTEPPSとは、Team Strategies and Tool to Enhance Performance and Patient Safety の略で、2005年にアメリカの航空業界のCRM(Crew Resource Management)と軍隊のオペレーション、原子力機関などのHROs(High-Reliability Organizations)に関する研究をもとにスタートされたチーム医療トレーニングプログラムのこと。日本へは、国立医療科学院安全科学室長種田憲一郎氏が導入し、2009年からこのプログラムを翻訳して国立保健科学院でセミナーを開始している。

 2011年1月に開催された日本医療メディエータ協会の年次総会で取り上げられ、今後医療安全の分野で広がっていくと思われるが、総会ではさわりの紹介に限られ、内容について詳細は明らかにされず、有料セミナーの内容は公開されていない。名称の宣伝とセミナー参加への誘導が現時点での戦略のようだ。

 以前から民医連の施設ではFaculty Developmentにチーム医療が挙げられ、実践されてきたが、具体的なエビデンスに基づいたり、発信する機会が少なかった。エビデンスに裏付けられて構成されているチームSTEPPSは、我々の実践を省みて成文化するモデルになり得る。

 まずは、AHRQ初代所長Dr. John Eisenbergの言葉、"Improving patient safety is a team sport." (患者の安全を改善するのはチームスポーツである。)をチームメンバーが肝に銘じる必要がある。そして、自分を含めメンバーの能力、状況を目配り(Situation monitor)し、思いやること(Mutual support)、声掛け(Communication)をすること、それにリーダーシップを加えた4つのコンピテンシーがチームSTEPPSの核となっている。

1.リーダーシップ
  • リソースマネジメント:チーム内で作業量の偏りがないように調整する。
  • 委任(Delegation):1)何を 2)誰に 3)明確な目標 4)フィードバックの指示(GTDの"Do it, delegate it, defer it or drop it."のDelegateの具体的方法)
  • 業務前・中・後に行う打ち合わせ、進捗確認、振り返りのミーティング(業務中のハドルは、アメフトの試合途中で円陣を組んで行う作戦の打ち合わせの意味)
  • コンフリクトの解決
2.状況モニタリング
  • 状況認識:STEP(Status of the patient, Team Members, Environment, Progress toward goal)
  • 相互モニター:I'M SAFE(Illness, Medication, Stress, Alcohol and Drug, Fatigue, Eating and Elimination)
3.相互支援
  • 作業支援
  • フィードバック
  • 患者擁護と主張
  • 2回チャレンジルール:主張は退けられても2回はすることが個人の責任。
  • 主張の強度:CUS(Concern, Uncomfortable, Safe issue)
  • 角の立たない進言の方法:DESCスクリプト(Describe, Express, Suggest, Consequence)
  • 協同
4.コミュニケーション
  • 緊急情報の伝達:S-BAR(Situation, Background, Assessment, Recommendation and Request)
  • コールアウト(声出し確認)
  • チェックバック(再確認)
  • 引き継ぎ:I PASS the BATON(Introduction, Patient, Assessment, Situation, Safety, Background, Actions, Timing, Ownership, Next)

安全文化醸成を根付かせる8つのステップ
  1. チームに緊迫感をつくる
  2. 誘導チームをつくる
  3. ビジョンと戦略を練る
  4. メンバーの理解と受け入れを促す
  5. 他者へのエンパワメントを図る
  6. 短期的な成功を獲得する
  7. 減速させないで継続する
  8. 新しい組織文化を醸成する
 以上は、ハーバードビジネススクール史上最年少で教授になった「リーダーシップ論」の権威、ジョン・P・コッターによる寓話「カモメになったペンギン」による。ペンギン達が、住んでいる氷山(Iceberg)が溶け始める危機に瀕する。この危機をペンギン達が乗り越えていく物語。医療事故の話では、ハインリッヒの法則をもとにした氷山モデルが語られることが多いが、我々の仕事はこの氷山を溶かし小さくすることなのでした。ペンギンさん達には申し訳ないことですが…
 Eisenberg氏の言葉で始まり、Icebergの話で終わるレジメでした。

参考文献
  • 医療安全 7(2), 38-44, 2010-06 チームとしてのよりよいパフォーマンスと患者安全を高めるためのツールと戦略 (チームSTEPPS 日本の医療施設でどう応用するか?)
  • エキスパートナース 2010年11月号 第2ステージに入った医療安全対策最前線 輸液・感染リスクマネジメントの具体的進め方[第2回] 医療安全の推進・質の向上に成果を上げる“チームSTEPPS”と有効なコミュニケーション・ツール
  • Medsafe.Net TeamSTEPPS チームのパフォーマンスを高めるコミュニケーションの向上