2011年5月30日月曜日

【補遺】特発性浮腫の診断基準


【Thornの診断基準】
下記3項目をすべて満たしたとき特発性浮腫と診断する。

  1. 朝夕の体重差が1.4kg以上。
  2. 浮腫をきたす器質的疾患の除外。
  3. 精神障害がある、または、感情が不安定。

【Mckendryの診断基準】
下記ポイントの合計が16点以上のとき特発性浮腫と診断する。

  1. 月経と無関係に顔面、体幹あるいは上肢に非圧痕性の浮腫を認める。→5点
  2. 午前8時から午後8時の間で2ポンド(=0.9kg)の体重増加が少なくとも3日に1回認められる。→5点
  3. 月経と無関係に一日4ポンド(=1.8kg)の体重増加。→4点
  4. 浮腫の期間に神経緊張、落ち込み、いらいら、頭痛。→4点
  5. 月経機能不全の既往。→3点
  6. 糖尿病、過熟児、尿糖、流産あるいは機能性低血糖の既往。→3点
  7. 糖尿病あるいは過熟児の家族歴。→2点
  8. 神経質な性分かつ/あるいは自律神経失調。→2点
  9. 肥満。→1点
  10. 発症が20~60歳。→1点

【文献】

  1. Thorn GW: Approach to the patient with "idiopathic edema" or "periodic swelling". JAMA 206: 333, 1968.
  2. McKendry JBR, Mc MacLaren and GM Bloom, Idiopathic intermittent edema of women and interpersonal conflict. In: Psychosomatic medicine. Excerpta Med Int Congr Ser (1966)

2011年5月25日水曜日

特発性浮腫(fluid-retension edema)


今日は、研修医の先生の講義でした。特発性浮腫の症例提示後、以下について教えていただきました。

浮腫の問診
  • 経過:急性か慢性か、周期的か、生理との関係
  • 特徴:全身性か局所性か、起立により増悪するか
  • 程度:体重の増減、pittingかnon-pittingか
  • 基礎疾患の有無:心・腎・肝・内分泌疾患、悪性腫瘍、重症感染症など。
  • 既往歴:乳がん・甲状腺手術、放射線療法
  • 職歴:職種、姿勢、暴露物質
  • アレルギー歴:食物、薬剤、化粧品、虫さされ
  • 薬歴:NSAID、ステロイド、甘草、Ca拮抗薬、利尿薬
  • 随伴症状:食欲、脱力など
特発性浮腫とは?

閉経前の女性のみに生じ、20~30代に多い。体液貯留性浮腫、起立性浮腫、周期性浮腫などの異名もあるが、症状は月経周期を通じて存在し、月経前浮腫とは区別すべきである。起立により病的な体液貯留を生じ、典型的には一日を通じ1.4kg以上の体重増加を示すが、0.7kg程度しか増えないこともある。患者は、足のむくみに加え顔や手のむくみを訴えることが多い。確認の検査としては、体重日記や水負荷試験が有用だが、診断は通常問診や身体診察により浮腫を来す全身性疾患を除外したのちになされることが普通である。確認試験は、特発性浮腫の診断が濃厚な場合のみなされる。肥満やうつがこの病態と関連している可能性があり、利尿剤の濫用がよくみられる。

利尿薬抵抗性

利尿剤の作用そのものが遠位部でのNaClの再吸収率を上げ、抵抗性を獲得している。従ってサイアザイドやK保持性利尿薬の併用は理にかなっている。

参考文献
 講義後の議論で、利尿剤の濫用に関して、患者の希望に安易に答えてしまう医療者が引き金を引いていることも否めず、代替え案として、水毒の治療に使われる五苓散の処方も提案されました。甘草を含まないため偽性アルドステロン症も起こしません。この漢方薬は、感染性胃腸炎にも効果があり、昨年の旅行医学会では、飛行機頭痛への効果が報告されており、旅行者には有用な薬剤といえるかもしれません。

2011年5月14日土曜日

【番外】書評:「城砦」AJクローニン


久しぶりに小説を読んだ。私も働いたことのある炭鉱街というシチュエーションでキャリアを始めた医者の物語と聞いたので、親近感を覚え、中古本を探してまで読み始めた。日焼けした紙に小さな活字、ちょっと時代がかった文体という悪条件に拘らず、一気に読み通せた。端的に言うと、「ER緊急救命室」の昔の英国の小説版といったところか。ERを全部見る時間があれば、30回は読めるでしょう。医者だった著者の半自伝でありながら、1921年に南ウェールズの炭坑町に赴く青年医師の教養小説(Bildungsroman)という形をとっている。私は医学部に入る以前に身近に医者もいなかったから、渡辺淳一さんの「白夜」でそのキャリアに親しんだ。そしてその主人公の如く流されるまま医師のキャリアを積んだ。しかし、もし、その時に読んだ本がこの「城砦」であったなら、自分の人生も変わったものになったのではないかと後悔している。ぜひ、医学部を目指す高校生、医学生のためにも文庫本で復刊を願う作品である。年数の経った医者にとっては、陳腐で説教臭いストーリーであるかもしれない。でも読む価値はある。というのは、自分の中に棲む「天使と悪魔」を自覚することができる、そして医療を悪くしているのは、厚生労働省でも、大学医局でも、医師会でも、金儲けに勤しむ医者と薬屋でも、モンスターペイシャントでもなく、それぞれの悪意のない怠惰の複雑系が我々に「城砦」として立ちはだかっていることを知ることになるからだ。

時間のない方のための3分で読める要約は、「世界文学案内vol.65」にある。もう少し詳しい内容に興味のある方は、英語になるが、Googleブックスで"Doctors in fiction: lessons from literature"の第5章でストーリーを読むことができる。ここでは、敢えて車輪の再発明をすることは避け、3点ほど印象に残ったことを記すに留める。

まず、英国医学会加入のため、主人公がアベイ卿による口頭試問を受けるシーンが印象深い。職業上のプリンシプルを問われて、
「わたくしはーわたくしは、どんなことでも、はじめからむやみに信じないようにと、いつも自分にいいきかせているつもりです。」(竹内道之助訳)
"I suppose--- I suppose I keep telling myself never take anything for granted."
と答え、それをアベイ卿が200%に評価するところ。プリンシプルに対するこの答えは一種の禅問答にも近いが、日々臨床に携わっている者としては、常に矛盾を抱えつつ、ひとつのことから不即不離でいることの大切さは身にしみている。患者も嘘をつくし、高名な医者も間違える。ましてや凡庸な自らの頭を信じてはならない。醒めたメタ認知と「卵を一つの籠に入れない」ことが大切と考えている我が意を得たりと感じた次第である。

次に、チャップリン、1925年にノーベル文学賞を受賞したバーナード・ショー、ディケンズと並び称されたアンソニー・トロロープマルクス兄弟といった当時のイギリスの文化背景が描かれているのが楽しい。

最後に、第二次世界大戦に勝利した直後の選挙であった1945年7月の英国選挙、チャーチル率いる保守党が、"From the cradle to the grave"をスローガンとした労働党に大敗した。そして著者も勤務したTredegarという街の炭鉱夫であったAneurin Bevanが厚生省大臣となり、当時先進的であった出身地の共済システム"Tredegar Medical Aid Society"を全国版にしたのが、現在の"National Health Service"なのでした。何か歴史の因縁を感じるので、機会があれば、もう少し詳しく調べてみたい。