2010年12月28日火曜日

MGHの症例検討会キーワード50 ーコーパス言語学で学ぶ医学英語ー

【背景】学生時代に遡る。ある助教授の先生が、名医になる方法として、New England Journal of Medicine(以下NEJMと略す)のシリーズ”Case records of the Massachusetts General Hospital”を10年間続けて読むことを挙げていた。忙しさにかまけ実行せず、すっかりと藪が身についてしまった。最近、”Better late than never.”という諺に希望を見出し、ぼちぼち目を通すが、単語力の不足が堪える。そこで効率よく単語を覚えるために同シリーズで頻回に使用される単語の単語帳を試作した。

【目的】”Case records of the Massachusetts General Hospital”で使用される単語のうち記憶があやふやな単語の頻度上位50単語の単語帳を試作する。

【対象】”Case records of the Massachusetts General Hospital”を1990年1月4日号から2010年12月23日号までの894回分を対象とした。

【方法】
ステップ1:オリジナル記事の検索
 NEJMホームページからARTICLES→Browse all articles→Case records of the Massachusetts General Hospital→Specific date rangeで”From: Jan 1990 To: Dec 2010”と設定して、Searchボタンをクリック。

ステップ2:テキスト化する。
 テキスト・エディタ(Windowsではメモ帳)を起動して、上記オリジナル記事1回分を1テキストファイルにひたすらコピー&ペーストする。その際、ファイル名はcase+西暦+年間通し症例番号.txtとして適当なディレクトリに保存する。

ステップ3:コンコンダンサーソフトAntConcでWord Listを作成する。
 a) 早稲田大学Laurence Anthony先生のホームページから”AntConc”をダウンロードする。(Windows、MacOS、Linux、それぞれのバージョンがある。)同時に、同ページのOther resourcesから後の設定で使う”Someya Lemma List (with no hyphenated words)”もダウンロードし、zipファイルを解凍しておく。

 b) AntConcの設定する。素のままでは、例えば、be動詞のam、are、is、was、were、been、beingは全部別単語となってしまうので"lemmatisation"の設定が必要になります。Tool PreferencesのWord ListでLemma List OptionsのUse lemma list fileをチェックし、Openボタンを押して、先に解凍した”e_lemma_no_hypen.txt”を選択、Loadボタンを押す。表示されたら、OKボタンを押し、下のApplyボタンを押す。

 c) Word Listを作成する。File→Open Dir...でテキストを保存したディレクトリを開くと、中のテキストファイルが読み込まれる。それから、Word Listタグをクリックし、Startボタンを押す。暫く待つと、下図のように単語の頻度が得られる。



 d)結果を出力する。File→Save Output to Text File... で結果を適当な場所に保存する。デフォルトでは、ファイル名はantconc_results.txtとなる。

4.表計算ソフトで読み込み、整理、出力
 先に出力したantconc_results.txtをタブ区切りの表として表計算ソフトに読み込む。順位や頻度、変化形の列を削除し、分かる単語の行を削除していく。分からない単語が50になったところでその範囲をコピーする。

5.単語帳を作る。
 ブラウザでライフサイエンス辞書オンラインサービスEtoJ Vocabを開き、「英文テキストを入力」の欄に表計算ソフトでコピーした内容をペーストする。オプション設定は、「▼結果を単語帳形式▼で出力する」にして送信ボタンを押す。

【結果】上記の作業で得られた結果を示す。(アルファベット順になっていることに注目)
  1. abrasion □ 摩耗, 擦過, 剥離, 侵食, (病名) 表皮剥脱, 擦過傷, 擦過創
  2. advent □ 出現, 到来
  3. anovulation □ 無排卵, 無排卵症, 排卵障害
  4. apply □ 適用する, 応用する, 申請する, あてはまる, 充てる, アプライする
  5. attach □ 付着する, 添付する, 関連する
  6. bout □ 発作
  7. bruise □ 挫傷, 打撲, 打撲傷, 打身, ((動詞)) 傷つける
  8. concatenate □ 連鎖状の
  9. concomitant □ 随伴性の, 同時の, 併用の, 付随物
  10. confine □ 限局する, 制限する, 限定する, 拘束する
  11. confluence □ (培養細胞が接着面いっぱいに広がった状態) コンフルエンス, 集密
  12. contiguous □ 近接する
  13. corroborate □ 実証する, 確証する
  14. corrugated □ しわが寄った, ひだ状の
  15. debilitate □ 衰弱させる
  16. dehiscence □ (病名) 離開, 披裂, 裂開
  17. depict □ 描写する, 示す, 表す
  18. detach □ 脱離する, 剥離する, 離れる, 引き離す
  19. distinctive □ 特有の, 特徴的な, 弁別的な
  20. ensue □ 後に続く, 結果として起こる
  21. entail □ 必要とする, (必然的に) 伴う
  22. equivocal □ 多義的な, 疑わしい, 不確かな
  23. exclusively □ もっぱら, 独占的に, 排他的に
  24. hallmark □ (顕著な) 特徴, (品質などの) 証明
  25. illicit □ 違法な
  26. impinge □ 衝突する, 侵害する, 影響する
  27. inconclusive □ 決定的でない, 不確定の
  28. inconspicuous □ 目立たない
  29. indolent □ 無痛性の, 緩徐進行型の
  30. nonetheless □ ((文頭で用いて)) にもかかわらず
  31. obviate □ 除去する, 取り除く, 不必要にする
  32. poultry □ (食用の飼い鳥) 家禽, 家禽類
  33. predilection □ 偏向, 偏好
  34. presumably □ おそらく, 多分
  35. profuse □ 大量の
  36. putative □ 推定上の, 仮想の
  37. pyknotic □ 核濃縮の
  38. recrudescence □ 再発
  39. sequester □ 隔離する, 隔絶する, 捕捉する
  40. sessile □ 固着の, ((植物)) 無柄の
  41. spillage □ 溢流
  42. tangle □ もつれ, 濃縮体, ((動詞)) もつれる
  43. tentative □ 仮の, 試みの
  44. tether □ 繋ぎ止める, 繋留する, 係留する
  45. tortuous □ 蛇行状の
  46. tuft □ 房
  47. vault □ (かまぼこ様の形状) 円蓋, ((動詞)) 跳躍する
  48. vicinity □ 近傍, 近く
  49. violaceous □ (皮膚の紫色への変色を指す) 紫色の
  50. whereas □ 他方では, 一方では, ところが, しかるに
【考察】
 コーパス言語学とは、Wikipediaの記載によると、「実際に使用された言語資料の集成をコーパスと呼ぶが、最近では特に電子化された言語資料のことを指す。そのコーパスを利用して、より実際的な言語の仕組みを探る学問がコーパス言語学である。」と説明されている。つまり、従来の規範文法に従った言語学ではなく、実際に書かれたり話されたりする言葉を基にした言語学をいう。医学分野でいうEBM同様、演繹思考から帰納思考へ転換した概念である。コーパス言語学やEBMが言語学や医学の世界にデビューしたのは同時期であるが、これは偶然ではなく、コンピュータにより大量のデータの蓄積・解析が可能になったことが関係していると考えられる。
 コーパス言語学は、文学作品の作者の判定や作品の真贋など文献学に応用されることが多かったが、近年では自然科学の範囲にも応用され始め、科学論文の剽窃判定や精神医学分野では、自殺者の作品や遺書が解析の対象になっている。
 近年、コンピュータや記憶媒体、それらの上で走るソフトの高性能化、低価格化により個人レベルでも大量データの処理が可能になってきた。それに伴い、個人が自分の専門分野に必要なコーパスを作り、解析することが容易になってきた。そこで英語教育界に生まれたのがESP(English for Specific Purpose)という概念である。極論すれば、呼吸器学の研究者は、産婦人科学の文献はもちろん内科学一般の文献でさえ読む必要はないのである。自分の関心分野の文献さえ読めればよいと割り切れば、関心分野の論文を集め、コンコーダンサーソフトで解析すれば、読むのに必要な単語が得られるわけである。AntConc日本語チュートリアルを繙けば、論文を書こうと思ったときも、知っているが使い方の分からない単語の例文がたちどころに得られ、その単語が他のどういう単語と組み合わせて使われるか(コロケーション)を把握することが出来る。

【結語】
 読んだ文献、読みたい英語文献はテキスト化しておくと、コンコーダンサーソフトで解析することにより、テーラメイドの単語帳や例文集を容易に作成することができる。

2010年12月16日木曜日

塵肺患者の肺機能と内科合併症

 今回は、北海道民医連第5回学術運動交流集会で発表した内容の紹介でした。看護師が中心となってまとめたもので、医師の視点とは異なる理解が素晴らしい。

はじめに
  • 2009年に日本呼吸器学会では、喫煙による肺気腫を含む慢性閉塞性肺疾患(以下COPD)は全身性疾患であると定義。喫煙による酸化ストレス→肺以外の臓器に影響→動脈硬化性疾患(脳卒中・心筋梗塞)、糖尿病などの合併に関係
  • COPDとは別疾患の塵肺にこの定義は当てはまるのか?
  • COPDアセスメントテスト(以下CAT)による患者個別問診、スパイログラム結果(肺年齢・換気型)、喫煙歴の有無、内科疾患合併例の有無について調査・分析した。
  • Aクリニックは、内科(在宅支援診療所・糖尿病専門外来・禁煙外来など)・小児科・労災科として展開。
  • 一日平均来院患者数400~450名
  • 労災科管理患者数283名(塵肺170名、振動病113名)
  • 内科疾患合併数→動脈硬化性疾患158名→耐糖能異常169名→高血圧174名→脂質異常166名→心疾患51名→脳血管疾患46名→癌疾患46名
塵肺患者のスパイログラム結果
  • 正常型 110名
  • 閉塞型 25名
  • 拘束型 18名
  • 混合型 9名
塵肺患者平均年齢 68.6歳
肺年齢平均 81.2歳
肺実年齢格差 12.6歳
CAT平均値 25.1点
喫煙歴のあるもの 42名
現在の喫煙者 40名
結果
  • 閉塞型、拘束型換気障害の有無は肺実年齢較差に有意差を示した。
  • 正常換気型のものでも肺実年齢較差が+10歳はみられた→従来のスパイログラム基準が日本人にはそぐわなかった結果である。
  • 喫煙歴の有無は肺実年齢較差、CATスコアに差が見られた。
  • 喫煙歴があるものは肺実年齢較差+14.9歳、喫煙歴のないものは+14.6歳であった。
  • 拘束性換気障害、喫煙歴、現在の喫煙、内科疾患の合併の有無は、実年齢に有意差を示した。
  • CATを用いた問診では、大半の塵肺患者では塵肺により呼吸器症状を苦痛と感じているために日常生活に影響されていることを自覚していた。
考察
  • 塵肺患者の肺実年齢の乖離には、喫煙の有無以上に塵肺疾患そのものの影響が見られる。
  • 従来のスパイログラムの基準(Baldwin予測式)は外国人の仰臥位での測定データを基準としており、日本人の肺機能を高く見積もられてきたために正確に反映されていないと考えられる。
  • 今回の調査時の肺機能の評価は従来の基準のために、塵肺患者の肺機能は不当に実際より良いと判断されてきたといえる。
  • 今回の調査時点では、肺年齢が日本人のデータを基にした日本呼吸器学会式によるものであるため、正常換気型においても肺実年齢差が見られた。
  • 肉体労働従事者であった塵肺患者は、年々加齢とともに内科疾患が合併されているが、さらに喫煙歴の有無が肺実年齢較差、呼吸器自覚症状と日常生活に影響を及ぼしている。
  • 塵肺患者の肺機能と内科疾患の合併には加齢と喫煙歴が影響している。
CATとは
  • COPDの状態が患者に及ぼす健康と日常生活に支障度を測る簡単で信頼性の高いツールとして開発された、患者記入式の質問票
  • 総合的に評価し、患者と医師の疾患に対する相互理解を深めることが可能。
  • CAT質問票の記入は数分で行うことが出来る。
  • CAT質問票の内容は8項目の簡単な質問で構成されているため、ほとんどの患者が容易に質問内容を理解し回答することが出来る。
おわりに
  • 今回は、塵肺患者に対して、肺機能評価の指標としてのスパイログラム、肺年齢、COPD評価の質問票であるCAT、喫煙歴と塵肺患者の内科合併症の有無との相関について検討することが出来た。
  • 塵肺はCOPDと同様に進行性の疾患であり、患者自身が症状に慣れてしまうことでその進行に気づかずに健康状態への影響を医師、看護師に伝えることは困難であるため、多くの患者が重症化し生活の質が低下したまま放置されていく恐れがあった。しかし、CAT問診票による評価とスパイログラムにより肺年齢の評価を併用することで、塵肺による健康状態と日常生活への影響を把握し患者個々にあった治療を受けることが出きると考える。
  • 塵肺患者は労災給付という保障がなされている半面、病態としては、年々症状が悪化して日常生活に影響が大きい疾患である。
  • 平均年齢68.6歳の高齢患者層であり、内科疾患合併者が多数存在するためにそれらの疾病管理にも重点が置かれる。
  • 今回塵肺患者170名に対して、CAT問診を行い、塵肺患者が医療従事者側の客観的判断よりは重い自覚症状と日常生活に支障を感じていることが理解でき、患者と共有できた。
  • 今後も、CAT問診票の活用と一人一人の塵肺患者に対して、疾患による影響の共有と援助の展開を目指したい。
参考