保育士の専門学校での講義のネタを仕入れるために読んだ次第。人は1日に平均4回鼻に手をやるとか、飛行機に乗ると1週間以内に20%の確率で風邪をひくとかいうトリビアが満載。結論は、風邪の確実な予防法や治療法はないということなのだが、一気にそう言ってしまっては身も蓋もない。そこに到るまでに、英国のCCU(Common Cold Unit)での実験を紹介し、可能な限りの予防法を提案し、古今東西の治療法を俎上に載せている。商業主義の薬品に対しては遠慮無くその有害性を指摘し、抗菌薬の無効性は繰り返し強調されている。我々の生命がDancing Matrixのなかで進化を遂げてきたことや害を与えずに罹患期間を短く効果のある治療法として介護者の愛情を挙げてある点、巻末にある文筆家の風邪に関するユーモアあふれる名言などは、その結論にもかかわらず、読後も悲観的にならずに済む工夫です。巻末には、詳しい引用元を示した原注も訳されており、医療者にも役に立つ一冊です。
日本には、一般の人と専門家をとりもち、専門家も唸らせるジャーナリズムってのが、皆無に近い、需要が先か、供給が先かっていう問題はあるが。そんな中で本書が訳されたことは、科学に対する彼此の社会の差を実感する意味でも意義深いと思う。連綿としたローマ時代からの科学的思考の蓄積を読むと、その昔、ナウマン教授が日本人の西洋科学の吸収を"die kritiklose Nachahmung"(無批判な模倣)と指摘したことも、冷静に頷けるような気がするのであります。
2011年5月14日土曜日
【番外】書評:「城砦」AJクローニン
久しぶりに小説を読んだ。私も働いたことのある炭鉱街というシチュエーションでキャリアを始めた医者の物語と聞いたので、親近感を覚え、中古本を探してまで読み始めた。日焼けした紙に小さな活字、ちょっと時代がかった文体という悪条件に拘らず、一気に読み通せた。端的に言うと、「ER緊急救命室」の昔の英国の小説版といったところか。ERを全部見る時間があれば、30回は読めるでしょう。医者だった著者の半自伝でありながら、1921年に南ウェールズの炭坑町に赴く青年医師の教養小説(Bildungsroman)という形をとっている。私は医学部に入る以前に身近に医者もいなかったから、渡辺淳一さんの「白夜」でそのキャリアに親しんだ。そしてその主人公の如く流されるまま医師のキャリアを積んだ。しかし、もし、その時に読んだ本がこの「城砦」であったなら、自分の人生も変わったものになったのではないかと後悔している。ぜひ、医学部を目指す高校生、医学生のためにも文庫本で復刊を願う作品である。年数の経った医者にとっては、陳腐で説教臭いストーリーであるかもしれない。でも読む価値はある。というのは、自分の中に棲む「天使と悪魔」を自覚することができる、そして医療を悪くしているのは、厚生労働省でも、大学医局でも、医師会でも、金儲けに勤しむ医者と薬屋でも、モンスターペイシャントでもなく、それぞれの悪意のない怠惰の複雑系が我々に「城砦」として立ちはだかっていることを知ることになるからだ。
時間のない方のための3分で読める要約は、「世界文学案内vol.65」にある。もう少し詳しい内容に興味のある方は、英語になるが、Googleブックスで"Doctors in fiction: lessons from literature"の第5章でストーリーを読むことができる。ここでは、敢えて車輪の再発明をすることは避け、3点ほど印象に残ったことを記すに留める。
まず、英国医学会加入のため、主人公がアベイ卿による口頭試問を受けるシーンが印象深い。職業上のプリンシプルを問われて、
「わたくしはーわたくしは、どんなことでも、はじめからむやみに信じないようにと、いつも自分にいいきかせているつもりです。」(竹内道之助訳)と答え、それをアベイ卿が200%に評価するところ。プリンシプルに対するこの答えは一種の禅問答にも近いが、日々臨床に携わっている者としては、常に矛盾を抱えつつ、ひとつのことから不即不離でいることの大切さは身にしみている。患者も嘘をつくし、高名な医者も間違える。ましてや凡庸な自らの頭を信じてはならない。醒めたメタ認知と「卵を一つの籠に入れない」ことが大切と考えている我が意を得たりと感じた次第である。
"I suppose--- I suppose I keep telling myself never take anything for granted."
次に、チャップリン、1925年にノーベル文学賞を受賞したバーナード・ショー、ディケンズと並び称されたアンソニー・トロロープ、マルクス兄弟といった当時のイギリスの文化背景が描かれているのが楽しい。
最後に、第二次世界大戦に勝利した直後の選挙であった1945年7月の英国選挙、チャーチル率いる保守党が、"From the cradle to the grave"をスローガンとした労働党に大敗した。そして著者も勤務したTredegarという街の炭鉱夫であったAneurin Bevanが厚生省大臣となり、当時先進的であった出身地の共済システム"Tredegar Medical Aid Society"を全国版にしたのが、現在の"National Health Service"なのでした。何か歴史の因縁を感じるので、機会があれば、もう少し詳しく調べてみたい。
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